人間的な魅力は「どうしようもない」ところに隠れている

ギャルからのSOS

僕は大学の期末レポートをやっとのことで書き上げ、「やっと春休みだ!」とゼミのLINEグループに送った。ゼミの仲間たちは一足先に春休みを迎えて、どこかへ旅行にでも行っているところだろうか。少し寂しい春休みの幕開けを憂いていると、すぐに返信がきた。

「今日面接やらかして一人で飲んでるけど来ない?」

返信の主はゼミ仲間の一人、ギャルのマリちゃんだった。そういえば最近のマリちゃん就活で忙しそうだったよなあ。あまりうまくいっていないのだろうか。いやギャルのことだ。どうせ「期末課題の答えを教えて〜テヘっ」と頼むために飲みに誘ってきたんだろう。今学期、彼女の課題の大半は僕によって代行されていた。いまさら代行業を断ったところで、僕が彼女を甘やかしてきたという事実を変えることはもうできないのだ。

「おけい いまからいくわ」

僕はギャルの誘いに応じることにした。

酒とタバコ

マリちゃんと友だちになるまで、僕は「ギャル」という人種と交友関係を持ったことがなかった。話したことすらほとんどなかったと思う。マリちゃんはそれまで空想でしかなかった僕の「ギャル」像にピッタリ合う人だった。僕の中で「ギャル」といえば「マリちゃん」だし、「マリちゃん」といえば「ギャル」なのである。

大学生のマリちゃんはギャルなのでぜんぜん勉強しない。本業は勉強ではなく、酒を飲むこと。毎晩のように繁華街へ繰り出し、酔いつぶれるまで飲む。起きるのは次の日の正午すぎ。1、2限はとっくのとうに終わっているし、3限以降も二日酔いがひどいからサボる。前に「あたし酒飲みすぎてね、年中肝臓が重いんだよねぇ」と言っていた。お酒が飲めない僕は「ふーん」とだけ返した。

マリちゃんはひとしきり酔っ払うと決まって「ちょっとタバコ吸いたくなってきちゃった」と言う。昔ゼミの飲み会で同期の誰かが「ねーさん、何吸うんスカ?」とマリちゃんに聞いたことがあった。彼女は、同期から「ねーさん」呼ばわりされたことにキレながら「おいコラ、セブンスターだけど」と答えたのだった。その飲み会のあと、僕は「セブンスター」とググり、それがけっこう強めタバコだと知った。ギャルはさすがだなあと思った。

マリちゃんと帰り道が一緒になったとき、僕は「タバコっておいしいの?」と興味本位で聞いてみたことがある。急に遠くを見ながらマリちゃんはこう返した。

「なんかね、いいかんじにボーッとできて一日の疲れが抜けるんだよね」

「ふーん、タバコの効き目が終わった後、逆にだるくなったりしないの?」

「あー麻薬みたいなことはないから、最後はただボーッとするのが終わるだけ」

彼女の話を聞きながら、僕は「タバコなんかいいなあ」とちょっと憧れを抱き始めていた。それを察したのだろうか。マリちゃんは「あのね、タバコなんかやるもんじゃないの」と僕にお灸をすえた。

ギャルはモテる

学校をサボる。年中無休で酒とタバコを愛す。”THE ギャル”をほしいままにするマリちゃんだが、もう一つ忘れてはいけないことがある。それはマリちゃんがとても美人だということだ。その実力は、うちの大学が発行する美女図鑑に載るほど。デフォルトで肩あたりを露出させた服を着るマリちゃんに、キャンパス中の「男」が二度見してしまう。

「あたしね、中2の頃から最近まで1ヶ月以上彼氏がいなかったことがないの。今まで付き合った男の数10人いくかなーぐらい」

だから、ある日2人でランチに行って突然そう言われたときも、あまりびっくりしなかった。僕が「じゃあ最近は彼氏つくってないんだ?」と聞くと、ここ3ヶ月はずっと一人ということだった。理由は、自分の成長のためらしかった。

「けど恋愛とかしているほうが、人間的に成長しそうだけどなぁ。ほら、マリちゃん恋愛相談とかすげー得意じゃん。」

「恋愛はうまくなるかもしれないけどね...」

この先を案じるような、「ギャル」らしくないふつうの暗い表情でマリちゃんは話してくれた。どうやらマリちゃんは、彼氏がいると「ダメな自分」から逃げてしまうらしかった。

「わたしさ、自分との向き合い方がわからないんだよね。」

酒ばっか飲んであとさき何も考えてない自分のことを馬鹿だなあと思ったり。勉強しなきゃなあと思ったり。ふと反省して、自分が嫌になる。そんなとき、これまでのマリちゃんは彼氏に愚痴って、慰めてもらうのだった。そして、また酒を飲む。タバコを吸う。授業をサボる...。なにも改善しないまま、なにごともなかったかのようにギャルをするのだった。

そうやって、いつまでも自分に厳しくなれない自分が嫌で、マリちゃんは男断ちを決心したのだ。

久しぶりに人に感情を見せたけど悪いものではなかった

「おけい いまからいくわ」の15分後、僕はギャル指定の居酒屋に着いた。店の中に入るとギャルはカウンター席に座っていた。すでにジョッキを何本か空けていた。

「あー井上(=僕)やっと来たか。ちょっと、テーブル席ゆずってよ」

ギャルはまるで友だちに話しかけるように居酒屋の店員にテーブル席を準備させた。僕はコーラを注文し、ジョッキを片手にもったマリちゃんに聞いた。

「面接うまくいかなかったって?この前受けるって言ってたコンサルの会社の面接?」

「そう、2次面接で落ちたんだよね...」

ちょうどいいタイミングでコーラが届いたので「落ち込むなんてマリちゃんらしくないよー」と言いながら乾杯に誘った。マリちゃんはコンサルが本命ではないので、あまり落ち込む必要はないはずだ。

「いやね、そのコンサルの会社の説明会に出たとき、イケメンの社員さんに気に入られちゃってさ。なんか、クリスマスにご飯まで連れてってくれたんだよ。」

「その人、私の就活すごい応援してくれて。今回の面接もすごく応援してくれたんだよ。」

「なのに、落ちちゃってさぁ。せっかく期待してくれたのに...申し訳ない」

なるほど、マリちゃんはイケメンの社員さんを好きになって、その会社に入りたくなった。だけど落とされてしまったのか...

話す途中で、マリちゃんは泣いていた。「うう、ごめんごめん」とか言いながら、マスカラが濃いめに塗られた目をゴシゴシこすっていた。マリちゃんの元カレたちはこういう彼女を慰めてきたのだろうか。僕はどうしたらいいのかわからないまま、「不甲斐ない自分が悔しくなるときってあるよね」と言った。マリちゃんは首を大きく横に振った。

「いや自分はどうでもいいの!だってあたし馬鹿なんだからさあ!あたしはハナからあたしのこと諦めてんの!」

「ちがうの。イケメンの社員さんが応援してくれたんだよ、こんな私に。そしたら、ああなんとか恩返ししたいなって思うじゃん。誰かって、期待してくれた人にはなんか返したくなるじゃん!」

けっきょく僕はマリちゃんの話をじっと聞くことしかできなかった。安易に慰めの言葉をかけるのは、自分と真剣に戦っているマリちゃんに対して失礼だと思ったから。実のところ、慰め方もよくわからなかったのだけれど。


「今日は飲も!ほら、好きなもの頼んでいいわよ!」

胸の内にあったものをひとしきり吐き出したあと、マリちゃんはそう言ってギャルに戻っていった。最近ネトフリで見たという『初恋』の話になった。

「あれ、私たちのいる札幌がロケ地なんだよ」

「え、そうなの!俺まだ見てないなー。感想を教えてよ。」

「きゅんきゅんきゅん どきどきどき 人生ツラって感じなんだよぉ」

「うわ、なにそれ、めっちゃいい言葉だね」

「でしょ、あたし名言多いからね。ギャルマインドへようこそ」

居酒屋で3時間くらい過ごし、僕たちはそれぞれの家に帰った。僕はさっきマリちゃんの言っていた『初恋』の感想があまりにも気に入ってしまい、それをそのままツイートしようと思った。ツイッターを開くと「mari🔒」が3min前にこんなツイートをしていた。

久しぶりに人に感情を見せたけど悪いものではなかった


ギャルって、本当にどうしようもない生き物だよなあと思う。マリちゃんって、本当にどうしようもない奴だよなあと思う。

自由奔放に、情緒のままに生きている。嫌いな勉強は絶対しないし、好きになったら付き合うし、酔っ払うと店員の扱いが雑になる。定期的に自己嫌悪しては、男か酒かタバコで忘れる。彼女はどうしようもないほど自分の心や体の欲求に対して素直になれる。

そして、そんなどうしようもなさの中にこそ、マリちゃんの人間的な魅力が隠れているんじゃないかと僕は思うのだ。

イケメン社員の期待に応えられなかったのが申し訳なくて、悔しくて、感情のままに涙を流すマリちゃんを、僕はとても素敵だと思った。たった1社の面接を受けるだけで、これほど人生を燃やすことができるだろうか。たった1社に落とされただけで、これほど自分を痛めつけることができるだろうか。

今夜僕はこの感動をマリちゃんに伝えることができたのだろうか。君がどうしようもないと思う君自身は、君の魅力でもある。僕はせめて、そんな君をこれからも見逃さないようにしたいと思う。

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