どんなに素晴らしい日も通過点に過ぎない。(あいみょんライブレポート)
あいみょん弾き語りライブ2022 サーチライトin阪神甲子園球場
11月5日。今日、シンガーソングライターのあいみょんは、地元 兵庫県西宮市にある阪神甲子園球場でライブをする。僕も観客の一人として参加する。ところで「甲子園」といえば、夏の高校野球だ。毎年、甲子園でいちばん野球の強い高校を決めるための熱い戦いが行われる。
けど、甲子園という場所は単なる大会の「開催地」ではない。そこは、頑張った球児に贈られる「夢の舞台」として存在しているように思う。
満員の甲子園。グラウンドの中まで観客席になっていて、スタンド席と合わせ4万5千人のお客さんが集まった。弾き語りライブなので、バンドメンバーはいない。これから約2時間半、あいみょんはたった一人、ギターと自分の声だけで歌わなくてはいけない。
甲子園。地元西宮。弾き語り。これらのワードを前にすると、ただそれだけで、なにか特別な、素晴らしいことが起こりそうな予感がする。
日没と開演
開演は17時。夕日に染まるオレンジ色の空と球場のライトに照らされた甲子園がとてもきれいだった。スマホで調べてみると、今日の日没は16時57分。いつもはあっという間の夕暮れ時が、今日はとてもゆっくりに感じられる。
突然、スコアボードのディスプレイからムービーが流れる。「ついに始まるのか!」と思ったら、それは同じ西宮市出身の鶴瓶師匠だった。
「みなさん、わずか9年前に梅田で路上ライブをやってたあいみょんが、この憧れの甲子園でライブをするというのはすごいと思いません? 7年前に上京して、あっという間にスターになって、これ漫画やで。そのあいみょんが地元に帰ってきたんですよ! みんな褒めたろう! ビッグになって帰って来たっていうのを!」
ああ、やっぱりそうか。今日が特別な日であることを再確認する。
ステージは、グラウンドの2塁ベースがあるぐらいのところに設置されていた。あいみょんは一体どこから出てくるのだろう。ムービーが終わると、下の方の観客席が湧いた。1塁側のベンチから、あいみょんが出てきた。
この前のライブでは、真っ暗な会場の舞台袖から、あいみょんがブワッと出てきて開演だった。そのまま何曲か歌ってくれて、最初のMCで会場が少し明るくなると「うおーこんなにお客さん来てくれたん」とか言って驚いていた。
今回はどんなことを思ったのだろう。あいみょんはステージへと小走りしながら、笑顔で手を振っている。まだ1曲も歌っていないのに、360度どこを向いても、視界は興奮したファンで埋め尽くされているはずだ。緊張するだろうか。やっぱり嬉しいだろうか。
いつの間にか日が沈んでいる。ザン、という音で球場の照明が落ちる。真っ暗になった甲子園のど真ん中、ステージの上にあいみょんが立った。いよいよライブが始まる。
梅田駅
大阪梅田駅の入り口では、毎晩、名も無きシンガーたちが雑踏に負けないように歌っている。駅やデパートから漏れた光は通行人たちを照らすだけ。邪魔にならないよう歩道の端で歌うシンガーにまでは届かない。迷惑そうに通り過ぎる人。目立たないように遠くから眺める人。SNSで拡散してくれるノリのいい若者。シンガーたちの存在は注目されているようで、注目されていない。
今や路上ライブでカバーされる側になったあいみょんも、光の当たらない場所で誰も知らない曲を歌っていた頃があった。どうせ届かないなら、歌っても無意味だ。才能なんかないんだ。何もできひんやん、私。
スポットライトが点いて、威勢のいいギターの音が聞こえてきた。1曲目は『憧れてきたんだ』。ずっとGコードのまま、ギターをギュッと握りしめてかき鳴らす。
私の知ってるシンガーソングライター 数年前にメジャーを辞めた 歌うこと歌うこと まだ続けていてくれよお願いだ
憧れて憧れて 憧れてきたんだ あなたたちが奏でた音で 私は変わったんだ
あいみょんがスポットライトに照らされている。真っ暗な観客席からの見えない視線を一身に浴び続けている。ステージの孤独とファンからの期待。スターの宿命に負けないように、「私は変わった」と思った日から信じ続けてきたものをぶつけているように見えた。
大舞台に立ったとき、ファンや実績が心の頼りになることはまちがいない。けれど、本当に自分を助けてくれるのは、路上時代から変わらぬシンガーソングライターとしての矜持なのだと思う。
緊張
気づいたら、あっという間に1部が終わっていた。ハイライトは8曲目の『さよならの今日に』。僕があいみょんを知るきっかけとなった曲である。
僕は浪人生の冬、センター試験に失敗した。「これまでの努力も全て水の泡だ。もう、どうでもいいや」と自暴自棄な気持ちになっていた。そんなとき、ぼーっとnews zeroを見ていたら、エンディングで『さよならの今日に』が流れてきた。
切り捨てた何かで今があるなら 「もう一度」だなんて そんな我儘 言わないでおくけどな
それでもどこかで今も求めているものがある 不滅のロックスター 永遠のキングは 明日をどう生きただろうか
曲が終わると、当時の僕は自分の敗北を知ったのだった。正直きつかった。けど、この曲のおかげで、僕は再スタートのダサさと必然性をも知ることができた。
以前に参加したライブで、あいみょんは「めっちゃ昔に作った曲って、今となっては笑ってまうような歌詞なんです。けど、大事にしたいんです」と言っていた。あいみょんは多少のダサさや恥ずかしさと闘いながら、自分と向き合ってきたのだろう。その軌跡が歌となり、僕らを感動させているんじゃないかと思う。
甲子園に特有の冷たい浜風が吹いている。空に向かってまっすぐ伸びるライトに包まれて、あいみょんが9曲目に歌うのは『裸の心』。
この恋が実りますように 少しだけ少しだけ そう思わせて 今 私 恋をしている 裸の心 抱えて
いつもよく聴いているはずなのに、体がグッとこわばるのを感じる。声とギターだけの、弾き語りのせいか。あいみょんの等身大の言葉がより一層ストレートに届く。緊張と感動が一体となって押し寄せて来た。
計9曲を歌い上げると、球場のライトが点灯した。「わたし、ちょっとお色直しに行ってくるので」と言って、くだけた笑顔のあいみょんがステージを後にする。フッと気が抜けた。1部の終わりが休憩の合図に感じられた。
完ぺきなライブ
あいみょんがお色直しから帰ってきた。2部が始まる。開口一番「服だけじゃなくて、ネイルも塗り直したんやで〜」と言って、ステージ上のカメラできれいな指先を映している。ノリノリのあいみょんと、うれしさを分かち合う観客。完ぺきなライブを作るためのピースがいよいよ揃った感じだ。
代表曲『貴方解剖純愛歌』『マリーゴールド』で始まり、12曲目は『tower of the sun』。
『tower of the sun』
前奏、今日初めてあいみょんがハーモニカを吹く。吹かれたそのままの勢いで、エモい音色が会場に染み込んでいく。『tower of the sun』は、これまでのヒットソングと異なり、あからさまに、あいみょんがあいみょん自身を歌っている曲である。
正直音楽の世界なんかひと握りやから あわよくばって感じで続けてきた どうもこうも嫌いやったギターに愛着も湧くし
全然カッコよくないのに売れてるバンドの悪口言って ディスって泣いて悔しくて tower of the sun を見上げたよ
あいみょんの歌声には涙が混じっていた。人気のなかった頃の状況とは、もうだいぶ違うはずだ。それでも、あいみょんの歌と涙に嘘くささはなかった。
デビュー当時の悔しさを思い出す涙。ここまで来たことに対する感慨の涙。うれし涙。どの涙なのか、あいみょんがどうして泣いていたのかはわからない。わからないけど、いつの間にかもらい泣きしていた。
あいみょんも観客も、会場にいる一人ひとりがそれぞれの「tower of the sun」を見上げていた(思い浮かべていた)。感動的だった。
そうやって、夢のような時間はあっという間に過ぎていった。
未完のライブ
最後の曲は『君はロックを聞かない』。通称、『君ロック』。この曲ができたとき、あいみょんは「シンガーソングライターとしてやっていける!」と確信できたそうだ。ライブの終盤に歌われることが多く、大サビ前のCメロは観客が歌うパートになっている。
『君ロック』を歌う前にMCが入った。
「コロナでお客さんと会えない時間があったりして、すごくつらいときもあったんですけど…」
弾き語りライブ「サーチライト」は2年前から企画されていた。去年開催する予定だったのだが、いろいろな事情で延期。あいみょんにとっても待ちに待ったライブだった。
開催を待っていた2年間の思いを通り越して、今日はデビューからこれまでの喜怒哀楽すべてを詰め込んだ最高のライブになったと思う。
ラスト1曲。あとはどれだけこの喜びとありがとうを届けられるか。ステージの上のあいみょんも、観客席の僕たちも同じことを考えていた気がする。
けど、「届ける」というのは簡単なことではない。自分のシンガーソングライターとしての素質を確信させた『君ロック』。実際、多くの人が知るヒットソングとなっているが、あいみょん的には「自分が思ったほどは売れなかった」そうだ。確信はあるだけに、届けられないのが悔しかった。
「もうひとつ願いが叶うなら、みんなの歌声がここで聴けたらなと思ったけど、きっとまたみんなの歌声が聴ける日が来ると思うので、またいつか甲子園に帰ってきたいです」
少し寂しげに笑って、最後の曲が始まった。
少し寂しそうな君に こんな歌を聴かせよう 手を叩く合図 雑なサプライズ 僕なりの精一杯
ペンライトの光が大きな波をつくっていた。その真ん中で、あいみょんが一生懸命ギターを弾いていた。それぞれが、それぞれの精一杯をぶつけていた。
1番2番が終わり、いよいよクライマックス。大サビ前のCメロに差し掛かったとき、あいみょんがマイクから体を離した。
君がロックなんか聴かないこと 知ってる… … … …
ラストは大サビをしっかり歌い上げ、曲が終わった。
「大きな拍手ときれいな光、全部忘れません。まだまだ未熟なことばっかりで、悔しいことも悲しいこともいっぱいあるけど、こうやってみんながいる景色を見られることが一番幸せで、音楽やっててよかったなって、西宮というこの街でシンガーソングライターになることを夢見てよかったなって思います。今日は本当にありがとうございました!」
完ぺきなライブにふさわしい、完ぺきなフィナーレだった。ただ、あいみょんの「もうひとつの願い」だけは果たされなかった。あのパート、あいみょんが一人で歌うことだってできたと思う。けど、そんないいかげんなことは、あいみょんにはできなかった。
埋められないなら、無理に埋めないほうがいい。もどかしかったCメロの空白をいつか埋めるために、あいみょんはこれからも歌い続ける。
サーチライト
サーチライトはデビューから今までの、まさに集大成のライブだった。そんなライブのただ中においても、あいみょんに慢心はなかった。1ミリだっていいかげんに自分を満たすことはなかった。
どんなに素晴らしい日であっても、それに満足せず、通過点にしていける。そんな勇気の持ち主を、もっと素晴らしい未来が覗いているのだ。
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